「ミュラーみたいやなあ」  思わずぷっと出た話

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参加した高齢者男子チームとの出会いとチームメートからの一言

これは、WalkingFootballに参加して全試合を終えたときに一緒のチームとなった方からの一言で、現在のサッカー ドイツ代表の万能型のトーマスミュラー氏ではなく1974年W杯西ドイツ大会で活躍したゲルトミュラー氏を指す言葉です。

ほとんど初顔合わせで参加の高齢者男子チーム6名での参加でしたがお一人 マイボールになった際、ゴール前でいいポジションをとられて、トラップからシュートとシンプルに2得点された方にむけたチームメートからの言葉でした。

ゲルト・ミュラー氏とは?


ゲルト・ミュラー

1970年代の西ドイツを代表するストライカー。抜群の得点感覚とポジショニングで泥臭いゴールを得意とし、どんな体勢からでもゴールを奪った。驚異的な数の得点を量産し、デア・ボンバー爆撃機)と呼ばれた。バイエルンでは通算515ゴールを決め、クラブ最多ゴール記録数を保持している。
バイエルン・ミュンヘン在籍15年間で4回のリーグ優勝(1969 / 72 / 73 / 74年)、7回の西ドイツ・ブンデスリーガ得点王(1967 / 69 / 70 / 72 / 73 / 74 / 78年)、チャンピオンズカップ優勝3回(1974 / 75 / 76年)、カップウィナーズカップ優勝1回(1967年)、西ドイツカップ優勝4回(1966 / 67 / 69 / 71年)、ブンデスリーガ 通算427試合365得点の成績を残した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


ゲルト・ミュラー氏 一昨年に75歳で亡くなられております。
私の少年時代のヨハン・クライフ氏とともにヒーローでした。ペナルテイーエリア内での職人という感じでポジショニングの良さや、その体型から想像できない俊敏な反応や反転技術でゴールを量産し、盟友フランツ・ベッケンバウアー氏とともにバイエルンミュンヘン、西ドイツの中心を担った選手でした。

少し調べましたが現代表のトーマス・ミュラー氏の実父のお名前もゲルト・ミュラーとおっしゃるみたいです。
元代表であったゲルト・ミュラー氏の指導も受けられていて、決して体が強く・スピードがある選手ではないですがゴールを奪うことに長けたトーマス・ミュラー氏のプレーには大きな影響を与えていたものと思われます。

ノスタルジーの世界に浸る機会と人との出会いの大切さを再認識

「ミュラーみたいやなあ」 この一言でパッとゲルト・ミュラーとなり
ウリ・ヘーネス、ゼップ・マイヤー、ベルテイー・フォクツ、等々の名前が出て一気に距離が近づき、話が広がりました。
私たちの年齢になりますと最初自己紹介で名前を述べたくらいでは全部覚えられることはなく、はなからそれらを少し放棄するような部分もあります。

何かのきっかけでこの様なイベントに参加することとなれば、あなたも、もしかしたら忘れておりましたノスタルジーの世界に浸ることができるかもしれません。

あらためて、出かけて 人に会う ということの大切さを知ることとなりました。

まとめ:これからも参加していきたい

参加したWalkingFootballでは、ほとんど初顔合わせの高齢者男子チーム6名で参加しましたが、彼らと一緒にプレーすることで、ノスタルジックな気持ちに浸り、また人との出会いの大切さを再認識しました。このようなイベントに参加することで、自分も新たな体験をすることができるし、人とのつながりを感じることができます。皆さんも、機会があれば参加してみることをお勧めします。


これからも、機会を見ていろいろ参加したいと思います。 どうぞ皆さんもご一緒いたしましょう。

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